2011-06-17 [伝統、文化、政治、]
目標を持ち続け、自分の望みを叶えるように宇宙をあやつる技を身につけることができれば、自分を成功者とみなす資格がある、と彼らサタンは言います。
彼らがそう考えていることは私たちの誰もが知っていて……私たちもまた、そう考えています。
しかし、欲しいものを手に入れることよりもはるかに重要なのは、自分が本当に望んでいるものが何であるのかを知ることだと思います。
さもないと、結局間違ったものを手に入れてしまうでしょうからね?。
そのことに注意してください。
http://blogs.yahoo.co.jp/tetueifukami/12109301.html
『親鸞』の求めたもの、 [伝統、文化、政治、]
『親らん』思想とはーーー、
『南無阿弥陀仏』の名号のなかに捧げられている。と言うことを、
『親鸞聖人』は説かれている。
『親鸞聖人』は、
・上の文章は、私の人生のよき道しるべとなっています。
「太宰治」と「三島由紀夫」 [伝統、文化、政治、]
・
・『親鸞』の求めたものに・・・、寄せられたコメントからーーー。(http://blogs.yahoo.co.jp/tetueifukami/12109301.html)
Yahoo!メッセージ・サービスは素晴らしい、2009/11/18に声が掛かりました。
「豊饒の海」四部作を遺して旅立った三島由紀夫を、称えるのは自由、しかし割腹した上に首を斬り落とさせた三島が、‘豊饒’を語ったのは、欺瞞としか云い
ようがありません。豊饒が虚言で汚されヘドロの海と換わったのに、読み惚れる自由とは別に、読んで判ったように思う人が、それを理解したとは信じようがあ
りません。
自己・陶酔を、他に向けるのは、三島も陥った知の欺瞞、陶酔はクダンの自己に向けるもの、他人へ向けた以上、自我の放棄を宣言しなければ、三島どうように割腹するしか道がないでしょう。太宰治の非難は無用のタダの無駄です。![]()
2011/3/26(土) 午後 0:26[ ---]

私は、太宰治を非難したつもりはないのです。が?ーーー、
・太宰治に戴しての問いかけとしてのコメント
「2010/3/7(日) 午後 8:58」と「2010/3/8(月) 午前 4:20」
http://blogs.yahoo.co.jp/tetueifukami/23849830.html
がーーー?
、・私への嫌悪感を生み出す原因となっているのでしたら、お許し頂きたいと思います。
其のうえで、
もしーー、
宜しければ、
この件に関連する記事が在りますので、
(ゲストブック>2010/3/10.水曜日)
http://blogs.yahoo.co.jp/tetueifukami/GUEST/23853563.html
に立ち寄ってみてください。
又、三島由紀夫については、彼の死の意味について考査する事の必葽性
(・たとえば、三島由紀夫/初出「新潮」(昭和37・1~11)
・『美しい星』の-物語類型における『聖書』との関連について。http://ww5.et.tiki.ne.jp/~drakichi/papermishima.html)、
ーーを、語って行きたいと思っているのですが?、
追伸――、
私達の「自我」が意味するところの個性は、大いなる愛の源、http://blogs.yahoo.co.jp/tetueifukami/20915549.html
と結合することなのだと思います。![]()
2011/4/10(日) 午前 5:59[ 親らん ]

『三島由紀夫』vs『石原慎太郎』/―(1969年)―[対談]ーファイル№3-2 [伝統、文化、政治、]
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・『左翼に食べられちゃつたもの――』(№-2) |
コメント(8)
『三島由紀夫』vs『石原慎太郎』/―(1969年)―[対談]
『守るべきものの価値』・№1---,
(三島)、石原さん、今日は『守るべきものの価値』について話をするわけだけど、あなたは何を守っている---?。
(石原)、戦後の日本の政治形態があいまいだから「守るに値する」ものが見失われてきているきれど---
僕はやはり自由だと思いますね――。
・自由は、何も「民主主義」によって保障されているものではなくて---?、
ある場合には全然違った「政治形態」によって保証されるものかもしれない。しかし、我々はどんな形の下であろうと、自由というものを守ればいいのです。
――(略)――
(三島)、でも。自由にもいろんな自由があるからね---?、
『どの自由を守るか?---、』
・たとえば、『三派全学連』は、やはり彼らも自由を求めていて、彼らが最終的に本当の自由な政治形態――、
自由な社会を作るんだと主張しているわけだよ。
・自由は人によってずいぶん違うから、そこが問題じゃないんですかね---?、
もし、あなたが『自由』と言えば、それはやはり米帝国主義か。日本独占主義か、自由党政権下の自由であると言うふうに彼らは規定するだろ。
・その自由を、つまり彼らとどこがどう違うんだと言うことを説明しないと、自由と言うものは解らないんじゃないかな---?,
(石原)、僕の言う、自由はもっと存在論的なもので、「全共闘」なり「自民党」なり、アメリカンデモクラシーが言っているもののもっと以前のもので、その人間の存在と言うものの、あるいは、その人間があると言うことの意味を「個性的」に表現しうると言うことですね---。
――(略)――
(三島)、そうすると、つまり---「存在の根」と言うものは先天的に与えられたもので『自由』というものは選択と言う考えですね---。
(石原)、そうですね――。
(三島)、僕は、そこに昔から疑問を感じているんだ。つまり、あなたが自由を選んだ---人間は自分が選んだバリューを最終的に守ることができるかと言うことに僕は、疑問なんだ---?,
(石原)、選択と言うよりは自由と言うのは探すんだな---?、
(三島)、人間が、最後に到達するものは根だよ。
そうだろう――、
(石原)、いろんな意味での、存在に根に対する回帰でしょうね。
(三島)、回帰だろうね――。
・回帰の中には自由と言う問題を越えたものがあるはずだ。
僕は――簡単に言うと、こう言う事だと思うんだ。つまり、我々は『何かによって規定されている』でしょう---,
・存在の根と言うものは「先天的」に与えられたもので---?、
・これは『運命』ですね――。
・日本に生まれちゃつた、ということも---?、
(・次ぎ――ファイルナンバー2、)
{東日本大震災よりーーー}感じたままに?。 [伝統、文化、政治、]
日本人に謝ーーりたい。{http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe801.html}
~ あるユダヤ長老の懺悔 ~
---に寄せられたコメントから記事を書いてみました。
はじめまして、ーーー
訪問ありがとうございます。ユダヤ人と日本人が似ているところがあるのは、理由があるようです。クリスチャンの中にも、その事を取り上げている先生がいま
す。「日本人、ユダヤ人双子論」という本に、これは一つの仮説ですが、天皇は、ダビデの家系デ、イスラエルが滅亡するまえに、ユダ族が日本に船で渡ってき
たというもので、最初に沖縄に住んで、本土に来て、多くの土着の日本人と戦って、神武天皇が国を統一して、それが天皇家の尊い血筋のようです。失われたイ
スラエル民族が日本に来ていたようです。これは、仮説ですが。
「----」さん、訪問ありがとうございますーーー。
火の無いところに煙は立たぬの例えが在る様に、そこには何かの真実が隠されているのだと思います。
たとえばーー、
・今から一万年前の昔。地球にはレムりア大陸とアトランティス大陸という今では沈んでしまった二つの大陸が存在していました。
大陸沈没の原因は、カルマです。初めは愛のあふれるところでしたが、やがて悪の力(自我と物欲から生ずる物資的な繁栄)が諸々の愛を破壊してしまいました。
その結果ーー地球と人類は物質の重みで押しつぶされてしまったーーー。
その時――。
生き残った人達は、安住の地を求め、太陽信仰(ピラミトに象徴される)を世界へ広めることになる――。
後にーーー,エジプトへと逃れた人達は、エジプトの太陽神「アモン・ラ―」として神の如く崇められることになった。
その名は、ギリシャに流れ、アーメンと変化し、インドにおいてアミ―と変化し、日本において阿弥陀仏となる。
のだがーーー
・太陽信仰の起源はさらに古く?---,
そのことを知っていた思われる(出エジプト記で有名なモーゼが引いたイスラエルの民の一部が安住の地を求てーーー)、「太陽の昇るはるかなメデスの地」。
東方の日出ずる国。と呼ばれし極東の地において「阿弥陀仏」は神の光と同じく太陽信仰(天照大神)をあらわしていた。
日の本に来ていたという説は、ある面では正しいのです---。
・これも、仮説ですがーーー?
でも――。決して忘れないでください。
レムりア大陸とアトランティス大陸沈没の原因は、「カルマ」であり、自我と物欲から生ずる物質的な繁栄にうつつをぬかしてきた。その果ての結果であったということをーーー。
そして、これらの時代と今の人類のさまを重ね合わせればーーー?、
地球は、まさにこの極点にあるのですーーー。
このような状態にある地球において、「太陽の昇るはるかなメデスの地――奇跡の自然と言われる。」日本列島で起こる、自然の猛威は前代未聞の現象として地球の各地で起こることなのです。
その大変動の正確な期日は天の神様の御胸にあるのです。http://oikaiwatachi.jp/guide.html
宇宙と言う神秘的な働きの中にあって、 [感じたままに、]
その時の――、
・自然の法則に対する秩序ある調和の中に、自らを体現した存在(創造主の姿)として――宇宙の存在を表らしめられている。
創造の場とでもいうべき――、
・宇宙の存在意識と結びついた――創造の原理によって、人は生かされている神の子としての、生命進化の道を進む――?。(感じたままに――http://blogs.yahoo.co.jp/tetueifukami/20915549.html)
・生命の進化に応じた次元での学びの場が、宇宙の歴史にに関する因果関係の中で構築されているということなのかもしれません――。(http://oikaiwatachi.jp/guide.html)
(余談としてーーー、
・モーゼが神の名を訪ねたとき?、「『私は、ある。』という者である。」と、仰せられた。
と――、伝えられている。
その時のーー神の姿こそが、
・「真理と共に在る――。」ところの、
・「真理に目覚めた意識」とでも言うべき、
・悟りの境地として存在する。ところの、
・仏教で教える――「如来の姿」なのです。)
2010-12-25 [伝統、文化、政治、]

・マンハッタン計画とポツダム宣言の謎。(に、寄席ら出たコメントから・・・、)
http://blogs.yahoo.co.jp/tetueifukami/21796353.html
日本は空の上から!・・、各、核保有国の核を自動解体・あるいは自滅爆破する誘導装置を開発すべきですね! ポチ凸^
転載させて頂きます!![]()
2010/8/16(月) 午後 7:48
「目には目を歯には歯を・・・」の道徳を正義の体系として用いる、
西欧文明に支配された防衛の在り方ではなくーー?、
・明治維新の偉業を成し遂げた勤皇の志士たちが、武器と魂とを何に結び付けて居たのかということが問題になるのだと考えています。
・此のことは―――改めて記事を書いてみたいと思っています。
日本の使命について・『アインシュタイン博士』の愛した国よりーーー、 [伝統、文化、政治、]
・二十世紀最高の頭脳と呼ばれた『相対性理論』で有名な物理学者にして思想家の「A・アインシュタイン博士」が(大正11年)に来日した折に、日本国民に向けて次のよぅなメッセージを語ったことがある。
日本の進歩は世界の驚異でありますが、今回異国に参りまして各方面を視察し、その近代的進歩の外に、更に日本独自の美点の多いのに感心いたしました。
どうか、それが----,西欧文明の移植と共に損なわれずにあることを望みます。と語ったことがある。
その彼は、「若しも私の事情が許すならば日本に永住してもよいと思っている、」と真底からその心持を打ち明けたといわれている。
---彼は言う。
・我がドイツでは、教育というものはすべて個人間の生存競争が到極当然事と思う方向に見事に向けられている。
特に都会では、すさましい個人主義。向こう見ずな競争。獲得し得る多くの贅沢や喜びをつかみ撮る為の旘烈な闘いがあるのです。
・日本ではそれがまったく違っている。日本では、個人主義は欧米ほど確固たるものではありません。
・法的にも、個人主義をもともとそれほど保護する立場をとっておりません。しかし家族の絆はドイツよりもたいへん固い。---(中略)---
・日本特有の文化と伝統-----。どうか、それが西欧文明の移植と共に損なわれないことを望みます、と語っている。
・「博士」の真意は明らかではないが、日本の未来に何かを見ていたのだろうか---?.
■『弱肉強食の世界観』であることを免れない。
『西欧文明』に組み込まれた。西欧化に対する日本という国の在り方を考える時――、
・日本の伝統美を創った素地とでもいうべき精神的なものを含めた風土性には、この自然こそが神の働きであり、太陽こそ平等に光りを与える存在である。と、感じることのできる――『太陽信仰』を受け入れるに充分な風土的条件性を持っていた。
■自然崇拝が信仰の対象となる意味での――、
・太陽の昇る国,『日出ずる国』と呼ばれし、極東の地において---、
・『太陽信仰』を守る。ことの意味において---、
・『神州と号す――。』
その、歴史を通して一系の天皇を頂いている。
■日本という国が在ることを守らなければ――、
・『弱肉強食の世界観』であることを免れない。一神教の論理に対抗し得る手だてを人類は見失う事になるのかも知れないと言う気がして来るのですーーー?。
**
■■『一神教の論理』で世界の歴史が構築されていく――。
・宗教および政治における、「唯一神教」的命題(・従えさもなければ罰して滅ぼす。と言う、)を警戒せねばなら ?ぬ。と――「三島由紀夫」は語っていた。
その意味での――、
一神教化された「天皇制」(=「統帥権の独立」)を振り回した軍部が日本を焦土と化した――。
■一神教的命題である。ところの、(・従えさもなければ罰して滅ぼす。と言う?時の---、)
そうした、悪しき力のなかにある――。
・権力意志(欲)を持った神(絶対者。)が支配する世界の在り方を認めることができないという立場から――、
・人間の運命や行動に関わる。(・人格と意志を持った――。)神が支配する天国や地獄の存在を否定するために――自らの意志で神格の座を降りられた。
それこそが、「昭和天皇」の御心であられたのかも知れません?ね――。
それを推測することはできませんが?、
・『などてすめろぎは人間となりたまいし――。』と言う、
・『英霊の聲』を書いた。「三島由紀夫」の死は、そのまま「天皇制の謎」として――現代に引き継がれているのだという気がしてくるのです。(・このことは改めて記事を書いて見たいと思っています。)が---
(・参考までに次の記事をご覧になってください。)
■■日本民族のもつ最大の財産は天皇制である。と言うことーーー、
これは全く世界に類例のない偉大なものであり、人類の理想とするものである。
かつて――、
ユダヤ人の大思想家でフランス革命に大きな思想的影響を与えたジャン・ジャック・ルソーは、かの有名な『社会契約論』で次の如きことをいっている。
「人もし随意に祖国を選べというなら、君主と人民の間に利害関係の対立のない国を選ぶ。自分は君民共治を理想とするが、そのようなものが地上に存在するはずもないだろう。したがって自分は止むを得ず民主主義を選ぶのである。」ここでいう君民共治というのは、君主が決して国民大衆に対して搾取者の位置にあることなく、したがって国民大衆も君主から搾取されることのない政治体制のことである。
ところがここで驚いたのは、日本人にこの話をするとみな不思議そうな顔でキョトンとする。私は最初その意味が全くわからなかった。しかし、だんだんその意味がわかってきた。日本の天皇制にはそのような搾取者と被搾取者の関係が存在しない、ということを私が知らされたからである。今度は私の方が驚かされた。
◆
日本人のためにちょっと説明しておくと、欧州でも、また最近追放されたイランの王室でも、君主はみな国民大衆に対しては搾取者の地位にあるものである。したがって、亡命するときは財産を持って高飛びする。これが常識である。だが、日本人の知っている限り、このようなことは君主制というものの概念の中には全く存在しないのである。
しかるに、ユダヤ人ルソーの思想は搾取、被搾取の関係にない君主制を求めているわけである。これは確かに理想である。しかし残念ながら、ルソーはそのようなものが実在できるはずもないからやむを得ず、民主主義を選ぶと
私がルソーの時代に生きていたならば、ルソーにこういったであろう。「直ちに書きかけの社会契約論など破り捨て、速やかに東洋の偉大な君主国へ馳せ参ぜよ」と。
ここで非常に重要なことをルソーはいっているのである。今日本で絶対の善玉の神として一切の批判をタブー化されている民主主義というものは、ルソーによれば君民共治の代替物にすぎないということである。私が日本人を最高に尊敬するようになったのも、この天皇制というものの比類ない本質を知ったからである。
日本では戦前、比類なき国体という言葉があった。またポツダム宣言受諾の際にも、この国体の護持という点が一番問題になったのである。これは真に賢明なことであった。![]()
(余談としてーー、)
■■『日の本』という国名を使い出す兆しとなった。
(――日出ずる処の天使。)『聖徳太子』信仰の中に「日本国成立の謎」として・・・、西欧文明の対局に立つ国としての・・・、使命が隠されて入るのかも知れませんね――。
その意味において、
・自らの意志で神格の座を降りられた。「昭和天皇」は――、
・自然崇拝が信仰の対象となる意味での――『太陽信仰』に立ち戻った日本の在り方を示されるために、その生涯を捧げられた方だったと言う思いがしてくるのです。
追伸――、
――『目には目を歯には歯を----』の道徳に対して、『イエス・キリスト』(サナンダ様)が、愛と無抵抗の教えを説かれたように---?、http://oikaiwatachi.jp/guide.html
・汝、隣人を汝自身の如く愛せよ――と教えられた。
・実にすばらしい言葉です。
しかし、言うは易く行うのは難しいのです。
その意味での――
・欲望を断ち切ることのできない凡夫の我が身が、自らを律することのできる。(・宇宙の構造に関する歴史的因果関係によって裏ずけされた。)――権威ある象徴として存在する姿の中に、天皇制の本質が在るのだと言うことを私は感じているのです。
・マンハッタン計画(隠された・真実)に寄せられたコメントから記事を書いてみましたーーー。 [伝統、文化、政治、]
(・・・)当時日本でも原爆の研究は行なわれていたと、戦前の公文書には残されています。歴史に若しもは有りませんが、若し日本の方が先に開発したならば、当然使われていたと思います。
(・・・)戦争へ刈りたてる勢力についてをテーマとした記事なので、日本の原爆開発については触れていないのですがーーー。
若しも、日本が原爆を先に開発し、使用していたならば日米核戦争の口火となり、
米国は、その報復として――、
・原爆によつて戦争が終わったと言う理由ずけを必要としない。社会的な制約を受けずに――製産限度いっぱいの原爆を日本に投下できるという形の中で、日本は破滅の道を進むことに成っていたのかも知れませんねーーー。
・その様な観点から、日本原爆の製造に反対された『昭和天皇』の秘話(---その内容の信憑性については実証する手立てがないので、それぞれの方の判断に委ねますが?、)を紹介したいと思います。
---数カ国が、その新兵器開発を競っているとのことだが。
・日本が最初に完成し使用すれば、他国も全力を傾注して完成させ使ってくるようになるであろうから、全人類を滅亡させることになる。
・それでは『人類滅亡の悪の宗家』に日本がなるではないか――。
・自分は、それに反対である。とーーー?







